日記(3/1)
昨夜, 陽が沈んだあたりから私と友人は, 私の部屋のテレビで, アニメの上映会を行いました. ラインナップは, この日記でも度々話題に出している『スローループ』, そして四月から第二期が放送される『虹ヶ咲学園』の第一期, さらにもう一作, 三日後に公開を控えたドラえもん映画最新作, 『宇宙小戦争2021』に備える形で, 旧作の『宇宙小戦争』の三作品です.
『スローループ』に関しては, 以前も日記で取り上げたので, ここに改めて詳細を語ることはしませんが, とてもよい作品です.
ちょうど日付が変わったあたりで『スローループ』最新話まで視聴を終えた私たちは, 余韻に浸る間もなく『虹ヶ咲学園』の視聴を始めました.
この作品に, 宮下愛という女がいます. とても恐ろしい女です. 私はpixivに彼女を主題に据えた作品を投稿することで, 彼女を理解しようと試み, そして改めて彼女の恐ろしさを再確認する, ということを繰り返してきました.
彼女のメイン回である第四話が始まりました.
「改めて, ずいぶんといかした女だね. この宮下愛という女は」
「まさに, 太陽のような女だよ」
彼女は, 作品全体を通して, 一貫して陽気で, 感情的で, 優秀で, 友人想いで, そしてなにより, 誠実であり続けました. おおよそ, (アニメ一期の段階では)弱点というものが見つからない, いわゆる万能キャラといってよいでしょう.
四話が終わったところで, 私たちは休憩をはさみました.
「こうしてアニメを見返してみると, しかし君が二次創作の中で描く宮下愛は, 公式とは毛色がずいぶん違うように見える」
自身のスマホで私のpixivアカウントを見ながら, 彼は指摘しました.
この点について, 私は思うところがありました.
「先日, 大阪でライブが開催されただろう. 私は参加できなかったけれど, 配信で視聴したんだ」
「ああ. この情勢で, 特に大きなトラブルもなく開催できて, 本当によかったね」
「そこで, 宮下愛という女について, 考え直さなければならないと思ったんだ」
私が二次創作の中で描く宮下愛は, 陰気で, 冷静で, 優秀で, 友人想いではあるけれど, なにより不誠実でした.
「これから先, 私が語ることは全て私の解釈であることを宣言しておくよ. さもなくば, 君がこの先作品に触れる上で変に理解をゆがめてしまう可能性がある」
「分かった. それじゃあ, 話してくれないか?」
「うむ……まず, 宮下愛という女についてだがね, あれは表には出さないけれど, 心の内奥に本質的なものが潜んでいると思っていた」
「ほう. して, それはなんだい」
「私が考えるに……彼女の本質は, 執着しないことではないか?」
「執着?」
「つまり, 彼女は作中で常に天才型の人間として描かれてきた. スポーツ万能, 成績優秀……作中でもいちばんの天才キャラと言って間違いないだろうね」
「確かに, それは同意するよ. しかし執着とは, 宮下愛というキャラとあまりパッとは繋がらない気がするけれど……」
「彼女は天才型だからこそ, 何でも簡単に手に入れられるからこそ, 自分の居場所や友人関係に, 執着しなかった. そうは考えられないかな……」
友人はしばらく表情をゆがめながらうんうんと唸ったあと, ようやく口を開きました.
「……それは, 公式が展開している全てのコンテンツを総合して導いたことか?」
「いや, これはアニメだけを考察対象とした私の解釈だよ. なにせ, 展開している媒体, すなわちアニメ, コミカライズ, ソシャゲ, ノベライズ, ボイスドラマと, 全てを参照すると設定が微妙にぶれてしまうから, 今はアニメだけを考えている」
「とすると, なおさら宮下愛という女に執着のなさを見出すのは, いささか無理があるのではないか」
「そうだね……これは一種の信仰なのかもしれない. おそらくだが, この解釈には多分に私の願望が含まれている」
「宮下愛に執着のなさを求めるのは, 君の願望なのか?」
「分からないけれど, 少なくとも天才は得てして興味のない事柄にはとことん無関心で, それはすなわち執着心が弱いということで, それゆえに孤独だね?私は, 天才としての宮下愛に, そうした側面を持っていて欲しいのかもしれない」
私の二次創作の中で, 宮下愛は自分が自分の居場所に執着しないことを知っていましたし, その居場所が, 他の人間にとってはかけがえのない大切なものであることも理解していました. その意味で, 彼女は不誠実であり続けたのです.
「それで, 『考え直さなければならない』ことというのは, いったいなんだい」
友人が本題を切り出しました.
「宮下愛は, まさに太陽のような女だと, さっき言ったね」
「ああ, 太陽のように明るく, 皆を照らす存在, ということだね」
「月並みな表現だが, 光あるところに影もまたあり……それが宮下愛だと思っていた」
「それは違うと?」
「宮下愛は, 太陽としてはあまりに明るすぎたのかもしれない. そう, 影なんてできないほどの, まばゆい光を放つ太陽……」
「……それが宮下愛, と」
「宮下愛という女に, 影などなかったのかもしれないね」
私は床の上に手をかざしました. そこには, 当然ながら, 私の手の影ができました.
「散乱光のおかげで, この影は必ずしも真っ暗闇にはならない. 宮下愛という太陽の光も, もしくは……」
私は, その先を言葉にしようとは思いませんでした.
「宮下愛という女は, 私の手に負えるものではなかったのだろうね. だから, ここで終わりにしようと思う」
「終わりにする?」
「私は二次創作者の立場から降りる, ということだよ」
予想外だったのか, 友人は一瞬固まりました.
「……それは, もう覆らないのか」
「……未だ, 道半ばではあるけれどね」
友人は何か言いたそうに, 何度か口を開いて私の顔を見上げたけれど, 結局彼は深いため息を吐くばかりでした.
「ああ, 宮下愛のおたくをやめるつもりはないよ. 四月からのアニメ第二期もあるわけだし, また一緒に観ようじゃないか」
「君の書く宮下愛は, もう読むことができないのだね」
「ちょうど, 一次創作の方にも向き合わないといけないと思っていたところだから, ちょうどよかったよ」
私はリモコンの再生ボタンを押して, アニメの視聴を再開しました.
「君は, 本当にそう思っているのか」
友人はテレビ画面の前に立ちふさがり, 私をじっと見つめました.
「……本当にそうなら, どれだけよかっただろうね」
しばらく沈黙ののち, 友人は私の隣に腰を下ろしました.
「……まったく, 難儀な人生だよ」
そう吐き捨てる友人の傍らで, 私は自身の頬を伝う熱い感覚が, いったいどういう感情によってもたらされたのか……しばらくの間, アニメの内容そっちのけで考え続けていました.