日記(2/27)
毎年, 11月の末から12月の頭にかけて行われる大学寮の寮祭にて, 『すき家vs吉野家vs松屋vsなか卯』という企画があります. これは, 各牛丼チェーンのレシートを各自が持ち込んで, その総額が最も高い牛丼チェーンの勝利, という極めて単純明快な企画です. もし今年もこの企画が起こされるのであれば, 一日一食なか卯erとしては, 参加せざるを得ません. 今日も, お昼になか卯でカツ丼を注文しました.
その帰り, 交差点で信号待ちをしている, おそらく中学生と思しき男子三人組を目にしました. 彼らはその手に釣竿を持っており, ちょうど今期『スローループ』という釣りアニメを視聴している私は, この近くに釣りのできる場所などあったかしらと思いつつ, 思わぬめぐり合わせに, 彼らの会話を盗み聞きし始めました.
「昨日, 大阪に行ってきたんだ」
「大阪!ヒョウ柄のおばちゃんはいたか?」
「いや, 残念ながら見かけなかったよ」
「大阪は, 吉本の芸人が街を歩いていると聞いたぞ」
「ああ. (この部分は聞き取れませんでした)の背高い方が歩いておった」
やがて信号は青になり, 私は自転車で彼らを追い抜きました.
大阪に行ったという友人に対して真っ先に尋ねることが, ヒョウ柄のおばちゃんの存在の有無とは, ずいぶんと奇妙なものだと思いました. しかし, かくいう私も, 大阪のことはほとんど知りません. 一回生の頃, 天保山の大阪文化館で開催されたドラえもん展, 続くまんがタイムきらら展に行ったきり, もう二年以上訪れていません.
大阪には, 阪大に進学した友人が何人かおり, そのうちのひとりとは, 大学進学後も長期休みになると京都か大阪のどちらかで会う仲です. 先のまんがタイムきらら展にも, この友人と行って, その後彼の下宿にも遊びに行きました.
彼は既にキャンパスが変わることに伴って引っ越しを済ませてしまいましたが, 閑静な住宅街といった感じで, よいところでした.
夕方ごろ, 昨日も会った友人から連絡が来ました.
「明日の午前中, そちらに行ってもいいかしら」
「午前中は医者にかかる予定がある. その後なら構わないよ」
「医者?きみ, 医者になんかかかっていたのか」
「医者といっても, 皮膚科だよ. 肌荒れに塗る薬が切れてしまってね. また処方箋を出してもらわないといかないんだ」
「君が肌荒れの薬を貰っていたとは, 初めて知ったよ. 教えてくれてもよかったのに」
「医者にかかるというのは, たとえ薬を塗って一晩で治るような肌荒れであったとしても, ややsensitiveな問題だからね. 進んで教えるようなことでもあるまいよ」
「その肌荒れは, いつから?」
「最初は, 二回生の六月から八月ごろにかけてだったかな. 昔から夏になると膝裏のあせもに苦しんでいたのだけれど, あの夏は本当にひどかった. 寝ている間に無意識に掻きむしってしまうから, どんどんひどくなってね……いちばんひどいときは, 痛くて膝を曲げることもできなくなってしまったんだ」
「それでは, 大学に行くことも……あっ」
電話口で, 友人は声を漏らしました.
「もし授業が全面オンラインにならず, 対面だったのなら……もっと早いうちに皮膚科に駆け込んでいたのだけれどね」
「どれくらい放置したんだ」
「ざっと三ヶ月になったかな. それで, もう市販の塗り薬では効き目がないと分かって, ようやく皮膚科に行ったよ」
「それで, 治ったんだね?」
「うむ. 処方箋を出してもらった薬を塗ったら, 一晩で膝を曲げられるようになって, 三日後にはきれいに治ってしまった. 三ヶ月も苦しみ続けたというのに, 治るのはたったの三日ときたものだ」
「医者には早くかかったほうがいいと分かって, よかったじゃないか」
「頭ではわかっていても, 人間はみんな医者が怖いんだよ. 君もそうではなかったのか」
「……さあ, もう覚えていないよ」
私は, 友人言葉の続きを待ちましたが, ついに電話口から彼の声は聞こえてきませんでした.
「……とにかく, 明日の午前中, 私は皮膚科に行くから居ないよ. 昼飯の時間には戻ると思うが……」
「……それでいいよ. 帰ったら, また連絡してくれ」
こうして, 友人との通話は終わりました.
友人が, その性的不能性を理由に……もっと言えば, 交際相手と性交を試みて, しかし失敗したことで……交際相手から三行半を突きつけられてから, 彼が泌尿器科を訪れるまでに, かなりの時間のブランクがあったことを……私は後になって知りました.
その期間, 私は私で別の問題を抱えていたこともあって, 傷心の彼に寄り添うことができなかったことを, 今でも深く後悔しています.
早く治療しなければ, 後回しにすればするほどに取り返しのつかない結果が待ち受けていると分かっていても, 私たちは病院という場所を敬遠してきました.
私も彼も, 自身の身体の不調が, なにかの間違いであったと信じていたかったのかもしれません. 病院に行って, 診断を受けることで, その不調に病名が付けられてしまうことを, 過度に恐れていました.
結局, 私の方は全く大したことのない結果に終わり, 対照的に彼は……取り返しのつかない結末を辿ることになってしまいました.
私と友人の間に, 何か重大な差があったとは思えません.
友人は, 昔から異性に人気がありました. 私が把握しているだけでも, 過去に三人と付き合いがありました.
「女にもてる君が性的不能となり, 女から不人気だった私が性欲を持て余しているとは, ずいぶんと奇妙なことだね」
友人が私に全てを打ち明けてくれたとき, 私が彼にそう言うと, 友人は怒るでもなく……ただ静かに笑っていたことを, 私は一日たりとも忘れたことがありません.