日記(2/26)
昨日は, 例によってサークルの例会に参加していたところ, 日記の投稿を忘れてしまいました. この日記を投稿し始めたのは, 春休みに入って文章を書く練習をしたい, というのが一番の動機でした. そのため, この日記を公開するつもりはあまりなく, しかし公開しなければ三日坊主になる可能性が極めて高かったため, こうして毎日ひっそりとインターネットに流すこととなったのです.
中学生のころ, 『生活の記録』という冊子の自由記述欄にその日起こったことや考えたことを書いて, 毎朝提出するという習慣がありました. ほんの五行ほどの記述欄に, 私は中学の三年間で多くのことを書き連ねました.
それと同時に, 私は他の生徒が書いた文章を, 度々こっそりと覗き読んでいました. そのほとんどは, 一文だけ「数学の授業が難しかった」とか, 「体育でサッカーをして点を決めた」とか, あまり面白みのないものでしたが, 中には驚くほど赤裸々で, そして刺激的な文章を記述欄の外にはみ出してまで書き並べているものもありました. 私はこの冊子から, 混沌として, 時に醜くもある学校内の人間関係を知りました.
結局, 私のささやかな悪行は誰にも暴かれることなく, 卒業を迎えました. 中学の卒業以来, そのほとんどの同級生とは一度も会っていません.
その中でも, 数少ない例外であるところの友人と, 今日は二次試験の二日目を迎えた, 某都大学のキャンパスにやってきました. いくつか残っていた立て看板と, 総長像を見て, 写真を撮りました.
「去年の某あくあは知っていたけれど, 今年の不破某というvtuberは, 初めて知ったよ」
友人も私も, vtuberの文化にはあまり詳しくありませんでした.
「というよりも, 他の像も, 元ネタが分からないものが多い気がするね」
「ふむ……これは少し, 危機感を覚えたほうがいいのやもしれないよ」
「どういうことだい?」
「私たちは, 静かに流行から取り残されているということにならないか」
私は去年, 一昨年と受験会場を訪れたときのことを思い出しました. 確かに, 一昨年よりも去年, 去年よりも今年といったように, 少しずつ元ネタの分からない工作物が増えたような気がしました.
「しかし, 立て看板の方はほとんど元ネタを知っていたじゃないか. 像の方は, たまたま元ネタを知らないものが重なっただけで……」
「立て看板の元ネタになっているものは, ほとんどがTwitterで流行りを経験したものばかりじゃないか. そうなると, 私たちはただTwitterに常駐して, タイムライン流れてくるネタを受動的に消費しているだけ, ということになる. 主体的に知ったものは, ほとんど何もなかったよ」
「……」
「私たちはTwitterにいる, 何もしていないただのおたくになってしまったのかな」
「……私たちには, 年相応の身の振り方がある. あの像たちが, 今の受験生の流行なのだとしたら, もうすぐ四回生になる私たちの流行とは離れた場所にあっても, なんらおかしなことではないよ」
「……そうか」
友人は, 私を肯定も否定もしませんでした.
「一回生の頃……三回生や四回生にもなって, 学部の入試会場ではしゃぐのは格好悪いという雰囲気があったのを, よく覚えているよ. しかし, いざ自分が上回生の側に立つと, そんなことは気にならなくなった. これはどういうことだろうね?」
私の所属している学部の試験会場, そのほど近くの広場のベンチに, 私と友人は並んで腰かけました.
「そういえば, 私は去年の入試会場には行かなかったけれど, 君はどうした?」
「私は見に行ったよ. 某あくあ総長像の台座に, いろはすのペットボトルを差し入れて, すぐに帰ってしまったけれどね」
「それはまた, 奇妙なことをしたものだね」
「私も, どうしてあんなことをしたのか……なぜ『いろはす』だったのか? この一年間, 常に心に留めていた」
「それで, 答えは見つかったのかい」
「思うに, 私は……かろうじてこの大学に残った立て看板や折田先生像や……そうした文化の一端を担っていたかった……もっと言えば, この酔狂な祭りの一員たりたかったのではないかな. たったのいろはす一本では, ほとんどフリーライドに近いものだったけどね」
「普段の学生運動は静観しておきながら, こんなときだけ, ずいぶんと都合の良いことだね」
「うん……まったく, 恥ずかしいことだよ」
私たちはキャンパスを後にして, 近くの中華料理屋で昼食を取ってから, 真っすぐ帰りました.
「それで, 君の置いたいろはすはその後, どうなったんだい?」
「分からない. 総長像は自主撤去されたそうだから, 設置者が飲んだか, もしくは飲まずに捨てられたか……」
実際問題として, 誰が置いたかしれないペットボトルの水を飲むことは, あまりにリスクが高く, 捨てられたとして私がどうこう言うつもりはありませんでした.
「……もしかして, 君はaquaだからいろはすの水を置いた, ということか」
「……それを指摘してくれたのは, この一年で君が初めてだよ. もっとも, わたしがいろはすを置いたときには, 既にアクエリアスのペットボトルが置かれていたから, その意味では完全な下位互換の二番煎じだったわけだが……」
私はあの日以来, いろはすを一度も飲んでいません.