誠実な生活

実家の隣に葬儀屋がある

日記(2/3)

朝起きて, 少しだけ電磁気学の教科書を読み進めました. 

 

思えば, 入学以来最も長い時間をかけて学んできた電磁気学ですが, 未だに教科書を読み直すと, 自分は電磁気学を何も理解していなかったのだなと痛感させられます. 

 

区切りの付くところまで読み進めたところで教科書を閉じて, PCを開き, pixivに投稿するssをつらつらと書き始めました. 

 

先日, 私のssを読んだ友人に, 次のようなことを言われました. 

 

「君の作品には, いわゆるメジャーカップリングが一切出てこない. 意図的にメジャーカップリングを避けているようにさえ見えるが, なにか理由があるのか」

 

なるほど, 友人の指摘はもっともでした. 実際, 私の作品に登場する主要なカップリングのひとつは, pixivには現在15本しかssがなく, そのうち4本が私の作品でした. 

 

私は動揺し, そして動揺している自分に驚きつつ, 言葉を返しました. 

 

「公式が出してくれるものを, わざわざ私が出す必要もない. 公式が出してくれないから, 私が出すしかないのだよ」

 

あるカップリングがメジャーなものになるか, もしくはマイナーなものになるかは, ただひとつ, 公式がそれを描くか描かないかで決まります. 公式がメジャーカップリングを供給してくれるなら, それはそれでよいのです. だから私は, 望んでメジャーカップリングを書くことはありませんでした. 

 

私が書くssは, 高校紛争を背景とした長編や, また物理学の分野をテーマにした短編など, おおよそ公式が取り上げることのないジャンルの作品が多いことを考えても, 私の主張は一貫していました. 

 

「ふうむ, それは逆張りというものではあるまいな」

 

私はぎょっとしました. 友人の目つきは鋭く, そして悲しげでした. 

 

「いや, そうじゃないんだよ」

 

首を振る私に, 友人は続けて言いました. 

 

「信念なき逆張りは身を滅ぼす, かつて君が私に放った言葉ではないか」

 

かつて, 度の過ぎた逆張りに精神を蝕まれつつあった友人を, すんでのところで助け出したとき, たしかに私が彼に放った言葉でした. 

 

あれから, ずいぶんと長い時間が経ちました. 友人は, かつて自分が辿った破滅への道を, 私が再現しているように見えたのかもしれません. 

 

「……先日, ライブのBlu-rayが届いたんだ. どうだい, 久しぶりに一緒に観て語らないか」

 

「それは, 完全生産限定版のほうか」

 

「もちろんさ」

 

「僕は通常版しか買えなかった」

 

友人は苦学生でした. 

 

「特典映像でマイナーカップリングが取り上げられたのを観たとき, 思わず声が出たよ」

 

「公式が出したのなら, それはもうマイナーカップリングではないのではないか」

 

「そういう区別は, できるだけ付けないようにしているんだ. 勝手なことだけれどね」

 

私は友人を下宿に招きました. 

 

「マイナーカップリングも, なかなかよいものだね」

 

およ三十分あまりの特典映像が終了したのち, 友人はしみじみと言いました. 

 

「信念のある逆張りは, 心を豊かにするんだ. 君もすぐにわかる」

 

夜更け過ぎに, 私と友人は別れました. 

 

その夜, 私は夢を見ました. 

 

公式が突然, 私が細々と書いてきたマイナーカップリングを大々的に取り上げ始めたのです. pixivには作品が溢れかえり, Twitterにはファンアートが洪水のように流れ始めました. 

 

その様子を眺めて, 今まで見向きもされなかったマイナーカップリングに群がって, 素人に何が分かる……そうやって私は悪態をつきながら, 心の底から安堵していました.