誠実な生活

実家の隣に葬儀屋がある

日記(2/11)

開店直後の牛丼屋でカレーをかき込んだ後, 散髪に行きました. 1200円の, 素朴な散髪屋です. 最初に「スポーツ刈りで」と言えば, あとは黙っていればよいので気が楽です. 

 

散髪の最中, どこに視線を置いておけばよいのか, 未だに分かりません. 鏡に映る自分の姿を, 髪を切り揃えられてゆく途中の姿を見るのは, どうにも居心地が悪いものです. 

 

ふと, 人生で初めて散髪屋に行ったときのことを思い出しました. 幼少期の私はひどく人見知りで, 散髪は基本的に母の仕事でした. 初めて散髪屋に行ったのは, 中学一年のとき, 同じく散髪屋に行ったことのない友人に誘われてのことでした. 

 

中学から歩いて五分もかからない場所に, その散髪屋はありました. 店内は薄暗く, 待機場所の側には, ドラゴンボールゴルゴ13の漫画が置かれていたことをよく覚えています. 

 

散髪はつつがなく終わり, その呆気なさに私は拍子抜けしました. しかし, 私は結局高校卒業まで, 散髪屋に行くことはありませんでした. 

 

あのとき一緒に散髪に行った友人とは高校進学を機に疎遠になり, 昨年の成人式に参加した際, 友人と同じ高校に進学した別の友人から, 彼は高校を中退して以降消息を絶ったと聞きました. 

 

私の生まれ育った町で, そうしたことはさして珍しくありませんでした. 

 

散髪を終えて, 午後から友人が来るので, 近くのパン屋でクロワッサン(プレーン)とクロワッサン(チョコ)を100gずつ買いました. 

 

正午をまたいだ頃に友人が訪ねてきて, 少し議論を交わしたのちに, 友人が書店に行きたいと言うので, すぐ近くのショッピングモールにふたりで行きました. 

 

そのショッピングモールはエスカレータで二階に上ってすぐのところに, 未就学児程度の子どもが遊べる小規模な空間がありました. 今日は祝日ということもあり, 何組かの親子連れが来ていました. 

 

目当ての書店でしばらく物色してから, 私たちは何も買わずに書店を出ました. 

 

再び, 子どもたちの空間の側を通りがかったとき, 友人はすぐ近くのベンチに座ろうと言い出しました. 疲れたのだろうかと思い, 私は同意しました. 

 

そのベンチからは, 子どもたちが遊ぶ様子がよく見えました. 

 

「かわいらしいね」

 

「そうかい」

 

彼は遠い目をしていました. 

 

親子連れの一組か二組が入れ替わってから, 彼は口を開きました. 

 

「……正月に帰省して, 親戚の集まりに顔を出したんだ」

 

「ほう」

 

「そのとき, 一昨年に結婚したいとこが子どもを連れてきていてね. ちょうどあれくらいの年齢だったよ」

 

彼はある親子を指さしました. 

 

「めでたいことじゃないか」

 

「君はそう思うか」

 

このとき, 彼がその性的不能性のために恋人と破局してから, 既に一年が経っていました. 

 

「帰ろうか」

 

不意に, 彼は立ち上がりました. 私の方など省みずにどんどんと歩いてゆく彼を, 私は慌てて追いかけました. 

 

私たちは, 家に帰ってきました. 机の上にはまだ, 彼のために買ったクロワッサンが残っていました. 

 

「せっかくの祝日だというのに, 私たちはあそこで何をしていたのだろうね」

 

「……」

 

「客観的に見て, あの場の私たちは周りからどう見られていたのかしら. まさか不審者ではあるまいね」

 

「……」

 

彼の病状について, 私はほとんど表面的なことしか知りません. "それ"は一生涯治らないものなのか, それともまだ治療の余地があるものなのか……

 

「……君はこういうときばかり饒舌になるね」

 

彼は私に背を向けて, ふてくされたように横になってしまいました.